映画「誰も知らない」を見た。

職場の同僚から「今日本の映画がやっているよ」と紹介されて「誰も知らない」という映画を見にいった。英語のタイトルは”no body knows”そのままの訳である。分かりやすい。4人兄弟姉妹の母子家庭の話であった。子供たちの父親はまちまちで、出生届見届けのため義務教育も受けていない。ある日母親はあろうことか子供たちを残して姿をくらましてしまう。男のところへ逃げたのだ。かくして始まった4人の子供たちの生活をドキュメンタリーっぽくかつ詩的に描く。そして末っ子の女の子の死で幕を閉じる。
同僚は「悲しい話なんですよね~」と言っていたが、悲しい以前に腹が立ってしまった。この話は実話に基づいているという前置きがあったので、自宅に帰り調べてみた。もとの話は1988年巣鴨で起きた事件であった。巣鴨と言うと以前の職場があった街だ。
http://www8.ocn.ne.jp/~moonston/family.htm(ページ中ほど) 
やはり現実の方がシビアである。
映画監督は15年間この作品の構想を練ってきたという。そのためか結晶化作用がかなり進んだようで、子供たちだけの生活が透明感ある映像となって描かれている。水道も電気も止められて一体風呂とかトイレとかはどうしているのだろうか?と心配したが、そんなことは全て「公園で済ませた」の一言で片づいてしまい、さしたる問題ではないのである。実際の事件ではいなかった登校拒否の女子高校生が登場し彼らの生活に関わるようになるが、彼らのためにサラリーマンとカラオケに行って(これも援助交際のひとつか)現金を調達してくるシーンが出てきたりして、これは現代の子供たちの置かれた環境についての問題提起社会派映画なのか?と思った。しかし末っ子の死という出来事の後、何の解決もないまま映画は終了する。最後のシーンは彼ら兄弟+女子高校生が道を歩いて家に帰るシーンで終わる。硬派人権擁護社会派映画ではなく、現代社会でぽっかりすき間に生じた子供達の帝国を謳い上げた映像詩とでも言うべきか。
カンヌ映画祭で長男役の少年が主演男優賞を取ったそうであるが、なるほどそれだけの眼力がある。
出生届けを出さないと義務教育が出来ないと母親は思い込んでいるようだが、実際は違うようである。
当時の新聞報道に対して「婚外子差別と闘う会」という団体が抗議文を発表している。
http://www22.big.or.jp/~konsakai/19890810_appeal.htm
全編を通して粗めの粒子感がある映像であった。ひょっとして16mmで撮ったのだろうか?
終映後に後ろの方の席で「日本は信じらない」というようなことを誰かがつぶやいていた。

palmの使い道

机の中で最近眠りに入っていたpalmの新しい使い道を見つけた。就寝前の読書に使用するのである。うちでは寝床では12時を過ぎたら電気を消して寝なければならないと言う厳然たる掟があり、寝床で本を読める時間がほとんどない。本を読みながら徐々に訪れる眠気に抵抗しつつ何時の間にか眠っているというのが、おれの就寝の理想形態なのだが、これを実現できないで呻吟していたのである。ところがインターネットにはpalmで読める小説が多数あり、それをインストールすればpalmで本が読める。palmの液晶はバックライトがついているので真っ暗やみでも読めるのであった。これを使わない手は無いということに今頃気付いたのである。これで思う存分夜中の読書が可能になった。昨日は宮沢賢治の「猫の事務所」という短編を読んだ。何なのだこの話は?それから芥川竜之介の「杜子春」を読んだ。ずいぶん前に読んだ事があるような気もするのだが、なかなか面白い話ではある。しかし主人公のバカさ加減にはあきれるばかりである。もし主人公が現代人なら銀行に金を全部預けて金利生活をするはずである。彼は金貸し業をやるべきであったかもしれない。しかし2度まで大金を使い果たした後に土地と家を与えられ農業に勤しむというのは中々のハッピーエンドである。やりたい放題やった後は静かに隠居生活。人生の王道ではないか。これもすぐに読み終わってしまった。さて次はシャーロックホームズだ。ホームズが登場人物の職業などを当てはじめたところでそろそろ眠くなって没。。。久し振りの読書寝入りを堪能したのであった。